ロングステイ体験記NO14

フランクフルトとマドリッド 1か月
平成23(2011)年2月27日〜4月1日[34日間]
東日本大震災
日本時間、平成23(2011)年3月11日午後2時46分
私達のドイツ・フランクフルト滞在13日目の早朝でした。朝食レストランから部屋に戻ってテレビのスイッチを入れるとドイツZDFテレビが臨時ニュースで日本の巨大地震と大津波警報を伝えていました。
急いでチャンネルを回すとアメリカCNN、イギリスBBC、フランスFRANCE2、イタリアRAI、スペインtveなど各国のニュースがすべて日本のニュースばかりでした。
地震発生から約一時間なので大津波警報の区域と震源地の地図、それにマグニチュードが暫定値で7.9と報道され詳細はほとんどわかりませんでした。
ホテルのフロントの人も日本で巨大地震が起こったのを知っているかと声をかけてくれ、家族は無事か?友達は大丈夫か?と心配してくれました。
マグニチュードは三転四転して9.0 惨状を伝える新聞
フランクフルトの夕方、日本では夜、陸前高田市や大船渡市で何千という火のついたままの家屋が大津波に流される映像や黒い大きな津波がビルも家屋も船も車も田畑も呑み込んで荒れ狂う、まるで地獄絵のような信じられない画面が放送されていました。
ニュースソースは大半がNHK WORLD、他に各国のテレビ局が提携している日本の系列局JNN(TBS系)、NNN(日テレ系)、FNN(フジ系)等の映像もありました。
燃え盛るタンク群 福島第一原発の水素爆発
そのうち福島第一原発の建屋が水素爆発を起こし欧米各局のテレビはほとんどパニック状態でした。このころから各国のテレビカメラと特派員が続々と現地入りし独自のレポートを始めました。
アメリカ、ドイツ、フランスなど原発大国は津波の惨状より原発の爆発に重大な関心を持って取材していました。
放射能の危険を顧みず原子炉の補修に向かう現場の作業員たちへは【サムライ】などと賛辞もありましたが司令官たる政府や東京電力のトップらに対しては早々と対策の遅れを問う場面が多かったようです。
国民が皆んな落ち着いて行動していること、略奪や強盗もなく買い占めも売り惜しみもないなど一様に外国メディアは日本人を称賛していました。
スペインtveの特派員 日本脱出のスペイン人が祖国へ帰国
3月13日にドイツからスペインのマドリッドに移動しましたがここでもテレビは大震災と大津波、原発事故一色です。ロシア、フランスはいち早く自国民の日本への渡航を制限しアメリカは日本在住の米国民に福島原発から80km以上退避し、できれば日本を脱出するよう呼び掛けていました。
日本から欧米行きの飛行機のチケットはとても取りづらい状態だったそうです。
スペイン人119人がチャーター機で故国へ帰った映像も印象に残りました。
この1ヶ月間日本を出国した外国人は実に53万人、少しずつ緩和されてきたとはいえ日本への渡航の自粛や渡航制限をしている国はいっとき59か国に上っていました。日本にいたのでは中々わからない情報です。
マドリッドの地下鉄で日本のニュースに見入る人
地下鉄駅のテレビには日本からの生中継が流れ乗客は画面にくぎづけです。
私達を日本人と認識してたくさんのスペイン人がお見舞いを言ってくれました。電車の中、駅のホーム、公園や商店街を歩いていてもいたるところで、かわいそうだ、気の毒だと口々に慰めてくれます。
私たちでさえ日本人か中国人か韓国人か区別のつきにくい東洋人を彼らは確実に日本人と見抜いて声をかけてくれるのにはただただ驚くのみです。言葉は分かりませんが一様に胸に手を当てて悲しみを表現してくれました。
両陛下が避難者を慰問
25日ぐらいからニュースではリビアや中東のシリア情勢などが大きく報道されるようになり日本の映像はかなり減りましたがそれでも帰国日の3月31日までフクシマダイイチという言葉はテレビ画面から消えることはありませんでした。
日本が国難ともいうべき事態の中、のうのうとヨーロッパを旅して内心忸怩たるものがありましたがどうすることもできませんでした。
地震から5か月たった8月11日の時点で警察庁では死者・行方不明合わせて2万425人と未曾有の犠牲者数を発表しています。
地震と津波の被害を受けた方々に心からお見舞いを申しあげますと同時に一刻も早い復興をお祈りしてやみません。
電波時計に余震
腕時計、掛け時計、置時計、今や電波時計が大流行です。
10万年に1秒の狂いもないといわれていますがドッコイそうはいかなくなりました。
時刻を校正する電波は西日本では佐賀・福岡県境のはがね山から60KH,50KW、東日本では福島県のおおたかどや山から40KH,50KWで出ています。
福島の局は福島第一原発の放射能被害を避けたり落雷などによって停波中でしたがH23(2011)年5月13日から断続的に電波の発射を再開しています。
中部地方以東の地域では九州の電波が受信しにくいので電波時計がほとんど実用にならない期間がありました。
我が家でも電波時計が8台有りますがそのうち4台は古い型で福島局受信専用なので時刻が全く当てにならなくなりました。えらいところに影響が出るものです。
旧型の電波時計 最新型の電波時計


フランクフルト
3年前に訪れたドイツ・ベルリンが町の雰囲気や社会の仕組み国民性が日本ととてもよく似て気に入ったので今回の旅もフランクフルト2週間と、勝手知ったるワインとハムとオレンジの国スペイン2週間に決めて出発しました。
ひとつには関西空港発のルフトハンザドイツ航空がヨーロッパへは一番早く着くことと使用機材のエアバスA340型機の窓側座席が2人掛けということもあったのです。
冬の日本からロンドン・パリへの飛行は13時間半かかりますので12時間のフランクフルトはとても楽な気がします。また3人掛けの座席ではトイレに立つのも容易ではないという単純な理由もありました。
エアバスA340-600型機 左右の窓側は2人掛けで快適
日本発フランクフルトで途中降機、マドリッドまで往復するストップオーバー航空券は料金がかなり高くなります。
しかし一旦日本=フランクフルト間のチケットを買い、改めてフランクフルト発着の安売りチケットを買うとドイツからヨーロッパ各地へは往復69ユーロ〜(\8,400〜)という信じられない値段で旅行ができます。フランクフルト=マドリッド間はもちろんこの格安チケットで往復しました。
フランクフルト中央駅 路面電車の行き交う駅前風景
フランクフルトは第二次大戦中連合軍の空襲でボロボロになった都市です。古いものはほとんど残っていません。教会や駅、市庁舎など主要な建物はドイツ人の忍耐と英知で戦後忠実に復元されました。
町の中心レーマー広場の旧市庁舎 高さ95mの大聖堂

旧オペラ座・アルテオペラ マイン川・大聖堂・レーマー広場
中心部には二つのデパートがありそれを核にたくさんの商業ビルが立ち並んで終日人の流れが絶えません。
大賑わいのカウホーフデパート周辺 変わった形の商業ビル
フランクフルトの人口は66万人、ケルンに次いでドイツで5番目の都市ですがヨーロッパにおける経済・金融の中心地です。立ち並ぶビルはどれも200mを超えており銀行や保険会社の本支店が入っています。
ドイツの日銀ともいうべきドイツ連邦銀行がありユーロを統括する欧州中央銀行も異彩を放っています。
堂々たる金融街のビル群 ユーロの大本山欧州中央銀行
フランクフルトから約200km北西、世界遺産ケルン大聖堂を見るために電車で日帰りしました。
ドイツ国鉄が誇るICE(Intercity-Express)で所要57分です。
1週間前に前売り乗車券・指定券を買うと当日売りの半額で買えます。指定席の往復で1人9,000円でした。
日本の新幹線より少し安いかなと思いました。
フランクフルト中央駅19番ホーム オランダ・アムステルダム行きICE128

運よく先頭車の指定席でしたが運転席のすぐ後ろに12人入れる小さな2等の展望室のようなところがありました。車掌に頼んで席を変えて貰いました。
持ち前の鉄ちゃん(鉄道マニアを日本ではこう呼びます)根性が頭をもたげました。運転席からの展望はどうか?運転席のコントローラーパネルはどうなっているか?速度計はどこか?などなど見るものが多くて目がうろうろしました。
出発点検完了 信号灯が見えた!
わかったことはICEの線路上には日本の在来線と同じ3色の信号灯があるということでした。
日本の新幹線は線路上に運転手が目視する信号灯は一切ありませんのでこれは意外でした。
私達が乗ったフランクフルト-ケルン間は2002年に完成したICE専用の高速新線でしたがその線路上で信号灯が見えたということは日本の新幹線とは列車制御の方法が全く違うのだと思いました。
ライン川から望むケルン大聖堂 高さ157m迫力十分の世界遺産
ドイツの食べ物で一番有名なのはフランクフルトソーセージではないでしょうか?
太さ3〜4cm,長さ25〜30cm、ポークとビーフがありどちらも日本人好みの味です。
駅構内や街角で鉄板で焼いて売っています。黄色のマスタードをたっぷりつけて3ユーロ日本円で360円ぐらい、みんな立って食べています。
ソーセージはブルストと言います 立ち食いが当たり前
町の中心部のマーケット・クラインマルクトで茹でたブルストを好みの分量切って貰える人気店【シュライバー】を見つけました。朝から店の前は長い行列です。
中年の女性が3人で切り盛りしており夕方まで列は途絶えることはありません。
庶民の台所クラインマルクト ソーセージ屋さんが何軒もあり味を競っています
この店のブルストは太さが6cmぐらい、長さは45センチぐらいで自家製です。
鍋の中からアツアツを取り出して好みの長さに切ってくれます。淡白な味は癖になる旨さです。
量り売りで100gが1.4ユーロ、パンが0.4ユーロ、大体1人3ユーロぐらいで満腹になります。私達はほとんど毎日昼食をここで買いました。
朝から行列のできる店シュライバー ザワークラウト(発酵キャベツ)を添えて
フランクフルトは文豪ゲーテの生まれたところです。ゲーテの家はフランクフルト屈指の名家でしたが爆撃で完全に破壊されました。
家具や調度品は疎開してあったため焼失を免れ現在は復元された生家に収まり博物館にもなっています。
ゲーテ広場の銅像 ゲーテハウス

ゲーテ像 肖像とシルエット
マドリッド
4年ぶりのマドリッドでいきなりスリの洗礼を受けショックでした。
地下鉄アトーチャ駅で電車に乗ろうとしていたところ突然3人の若い女が後ろからすごい勢いで押してきました。
車内に押し込まれるのと1人の女の手が私のGパンのポケットにかかるのと、とっさにその女の手を払いのけるのと3人組がホームへ飛び下り扉が閉まるのとがすべて同時、一瞬の出来事でした。
地下鉄ソル駅. 連接部分に乗ると危ない
アトーチャ駅は隣の国鉄アトーチャレンフェ駅とは違い乗降客の少ない駅なので少々気が緩んでいたのかもしれません。また乗った位置も連結部分の近くだったので車両の隅に押しやられた格好でした。
幸い被害はありませんでしたが妙齢の女性といえども油断は禁物です。
前回のマドリッド滞在は平成19(2007)年でしたが4年たつといろいろなものが変わっていました。
まず地下鉄の運賃です。一回乗車は1ユーロで変わっていませんが10回券は6.4ユーロが9.3ユーロに大幅値上げとなっていました。その上マドリッド国際空港まで乗った場合は2ユーロと2倍になっていました。
4年前の運賃表 10回券が9.3ユーロに
地下鉄網も新設された線こそありませんでしたが既設の路線が各方向に郊外まで延伸されており町がどんどん広がっている様子がよくわかりました。
路線延長図 ソルの国鉄近郊線地下新駅
有名なソル広場の地下には国鉄近郊線(セルカニアス)の新駅と地下鉄の新ホームができており観光客や地元の人が待ち合わせる有名な【クマとヤマモモの銅像】も大きく移動していました。
以前の銅像の位置 約100m東へ移動
マヨール広場の近くで火の消えたようになっていたサン・ミゲール市場も観光客用の大規模なパルに変身し大勢のお客さんで賑わっていました。
新装なったサン・ミゲール市場 観光客も安心してくつろげる
国鉄チャマルティン駅西側の高さ250Mの巨大な4本のビルも完成し新しい名所となっています。
いつ完成するのかわからないのが国鉄旧アトーチャ駅の正面です。いったい何になるのか不明のまま私が知る限り11年間も工事が続いています。
チャマルティン駅西側のビル群 工事が続く旧アトーチャ駅正面
時期的に良かったのかプラド美術館は朝、開館と同時に行けば待ち時間もなくすぐ入館できました。
以前は入場できた南側のムリーリョ門は今は閉鎖され北側のゴヤ門で入館券の販売が行われています。
そして入館するのはその北東側に新設された入口のみとなりました。
プラド美術館のゴヤ像 新設された美術館入場口
ピカソのゲルニカがあるソフィア王妃芸術センターは以前は写真撮影が禁止されていましたが今回はノーフラッシュならOKでした。ただしあまり絵に近寄って撮影すると注意されます。
スペイン・カタルーニャ出身の鬼才ダリの21才の作品もありました。窓枠と海の青さが目にしみます。
大人気のゲルニカ サルバドール・ダリの【窓際の少女】(部分)
今回のマドリッドではあまりなじみのない美術館や博物館をたくさん見て歩きました。
画家ホアキン・ソローリャのアトリエを改装したソローリャ美術館はアンダルシア風のパティオ(中庭)もあり心落ち着ける美術館でした。
パティオのあるソローリャ美術館 ソローリャの代表作【海辺の散歩】
変わったところでは国立考古学博物館にある紀元前4世紀のイベリア半島の文化遺産、2つの貴夫人像が強く印象に残りました。
バーサの貴夫人 エルチェの貴夫人
プラド美術館のすぐ北側にある海軍博物館は目立たない建物ですが一見の価値ありです。
スペイン海軍の運営です。
入場は無料ですがセキュリティチェックは厳重です。パスポートの提示を求められましたので常時携帯しているコピーを差しだしました。
海軍博物館入口 本物の魚雷
今回は1か月に2か国を回る旅でしたが新しい街もなじみのある街もそれぞれに楽しく面白い旅でした。
帰国してからは震災と原発のニュースで胸の詰まる毎日でしたが7月18日にとんでもないビッグニュースがフランクフルトから飛び込んできました。
女子サッカーワールドカップでなんと何と[なでしこジャパン]が強敵アメリカを降し世界一の栄冠に輝いたのです。
フランクフルト中央駅前に女子ワールドカップの広告モニュメントが置いてありましたがまさかニッポンが世界チャンピオンになるなんて思ってもいなかったのでボーッと見ていただけでした。
フランクフルト中央駅 女子サッカーワールドカップの広告モニュメント


狂喜乱舞の[なでしこジャパン](NHK-TV) 優勝の立役者キャプテン澤穂稀(サワホマレ)選手
暗いニュース連続の日本にこの優勝は何よりのプレゼントとなりました。被災地だけでなく全国民に勇気と希望を与えた[なでしこジャパン]に心から拍手を送りたいと思います。本当にありがとう!

(終わり


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